インド総括:人々のクラスとそれぞれの1ルピーの価値

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インドにきて2週間がもうすぐ過ぎようとしています。
2週間半の出張なのであっという間に過ぎ去ってしまう時間ではありましたが、
楽しいこともあり、悩むこともあり、心が痛むこともありと 色々と考えさせられる出張だったと思います。

今回の出張はインドにある支社でもあり、今後は開発拠点になるであろうインドHQ(ヘッドクォーター)にきているのですが、まずここでの生活において1ルピーってどれくらいの価値なんだっけ?と迷うことになります。。。

1ルピーは日々変動しますが、だいたい1.7~2円の間だという事を最初に覚えていてください。

まず、オフィスの中にある食堂の食事がどれもほぼ一律50ルピー。
およそ80円 程度でお腹いっぱい食べれます。あんまりうまくないけどさ。で、夕方4時くらいになるとチームの人々はそわそわし始めてコーヒーにしよう、お茶を飲もうとあれこれ誘ってくれるのでオフィス内に併設されているインド最大のコーヒーチェーンCCD (Cafe Cofee Day)に向かいます。そこにあるコーヒーはスタバとはまた違う進化を遂げており、まあそれがだいたい70~80ルピー。

コーヒー休憩のあとに仕事にもどり、やがて夜になりホテルに変えることに。
運転手に電話をし、ホテルまで連れて帰ってもらいます。
ホテルのレストランは中華、韓国、タイ、日本料理とあれこれ食べれるのですが、さすがバンガロールで一番と言われているホテルだけあって、値段が突き抜けています。

インドのビールでは定番のking fisher が220ルピー。→ちなみにホテルの外では100ルピー。
カリフォルニアロールを頼むと660ルピー。プルコギを食べると1150ルピー。

ちなみにインドの平均月収はおよそ2万ルピーと言われています。
そう考えると50ルピーの社食ランチもずいぶんと現実味がでてくる値段だし、スタバのようにちょっと背伸び系カフェの80ルピーもうなずける。だが、ホテルの食事の値段はさすがに突き抜けすぎ。

うちのエンジニアさんでも平均6万ルピーくらいとインドの人がいっていましたが、そりゃ一緒にホテルのレストランで飯くうかい?っていったら全力で逃げられるわ。
場所は変わって観光地へ向かう途中の路上。ここでココナッツジュースを飲むが、5ルピー。
観光地では宮殿に行ったのですが、そこではインド人は20ルピーで入場可。自分たち外国人は250ルピー。リキシャー(トゥクトゥクみたいなもん)を2km初乗りで17ルピー。夜になったら遠いとか難癖ふっかけられてホテルまでが200ルピー。なんじゃそりゃ。
ちなみにTataDocomoで3GのデータSIMをプリペードで買ったんですが、750ルピーで2GBでした。もうね、、、、価値がわからんくなってくるとですよ。

人によっては1ルピーが50円位の価値があるように見えるし、
ある人には10円、お金がある人には1.5円くらいになったり。
書いても書いてもきりがないのはよくわかるんですが、1ルピーの価値が良く場所やつるむ人の間で変動するのはとても難しいし、よくよく考えると恐ろしい話です。

バンガロールの繁華街の夕暮れ。

街に買い物にでたときのこと。街には浮浪者を親にもつ乞食の子供たちがゴロゴロと一部の地域にはいるのですが、自分たちのような日本人を見かけるとワラワラと集まってきて、口に指をさして、なにか食いたい、金をくれとせびる。インド人の同僚は「コラッ!あっちいけ!」と追い払う。
しつこく付いてきて食い下がらない7~8歳のガキどもは100ルピーくれくれと言ってくる。
自分たちにとっては200円弱かもしれないが、彼らにとっては何日も食いつなげるお金かもしれない。 椰子の実が5ルピーの世界ですからね。。。

こいつらに金を簡単にあげるとこいつらはお金を稼ぐことがチョロいことだと勘違いするんだ、だからこいつらには極力お金をやっちゃだめなんだ。手足がない人たちはしょうがないかもしれないけど、この子供たちには甘い顔をしちゃいけない。自分でお金を稼ぐことの大変さを知ってそこから進んでいかないといけないんだ。みろ、こいつらを手引きしてるのはこいつらの母親だったりするんだ」と遠くを指さす同僚。そこには他の人に物乞いをしながら外人や金持ちそうな奴らを指差し指示しながら指令をだす女性の姿が。
日々を生きるためとはいえ、子供たちをネタにしてお金を稼ぐことが許されるのか、などと思いながらお金をあげず、ただ無視して通り過ぎた。チクリと心が傷んだ。その後、インドの携帯ショップでAcerのAndroid携帯を買った。15000ルピー。乞食に100ルピーはやらずに15000ルピーのガジェットを買うのか。いい身分だな?と心の底で自分を笑った。

翌日、買い物に出る際にロビーで車を待っていたら、7歳くらいの超ハイソセレブな男の子が車にのる場面に出会した。おじいちゃんに手を引かれながらインドではなかなか見ることができないBMWの7シリーズに乗り込んでホテルをあとにしていた。服装もとってもパッチリ決まっていて、小奇麗なシャツにズボン、そしてピカピカの靴を履いて車に乗り込む姿を見ながら、ふと思う。
この子と先日の乞食の子はほぼ同じ年令。 同じ人間で同じ年令の子供たちのこの決定的な差は何だ、ひとりは今を生きるために物乞いをして生活している。この小奇麗な子は何も気兼ねなく豊かで幸せに満ち溢れた日々をおくっているように見える。正直腹がたった。

そしてハッと気づいた。この小奇麗な子供のレベルではないものの、自分もこの人達側の立場に無意識で立っていることを。

腹を立てながらも高い飯を会社の経費で食い散らかしながらかわいそうとか思っちゃったりしてるんだなと思い自分の偽善者っぷりに怒りを通り越して笑いがこみ上げてきた。自分を棚において何をいっているんだ。バカじゃあるまいかと。

このインドという国には余裕がない。自分以外の周りの人に気を使う余力がない。
よって自分たちが自分勝手に生活をしているように思える。それは最初の1日目からひしひしと肌で感じた。これはテレビやインターネットでみてわかることは断片的に過ぎない。
実際にその場にいて初めて分かることだと思う。 この国も10年、20年すれば人々の生活が次第に豊かになり、周りの人に気を使えることができる国に変革していくのだろうか。そうなればいいなあとぼんやり思いながらこのエントリーを終えることにします。

2011年1月31日